楽天IR戦記
久しぶりに実務に近く勉強になる本でした。
「楽天IR戦記」
IR専門の部署がない時代に楽天に転職し、それから12年間、楽天のIRを担ってきた女性のお話。
ちなみにIRとはInvestor Relationsの略で、SMBC日興証券のホームページでは
IR(Investor Relations:インベスター・リレーションズ)とは、企業が株主や投資家向けに経営状態や財務状況、業績の実績・今後の見通しなどを広報するための活動を指します。具体的な活動としては、ホームページ上における情報開示だけでなく、ディスクロージャー資料の送付や、決算説明会や各種説明会を開催したり、工場や施設などの見学会を実施したりするなど、企業によっては独自のIR活動を行っているところもあります。日本では、1990年代後半あたりから積極的にIRに取り組む企業が増えてきました。
とあります。
本書を読んでまずひとつ言えるのは、特定の分野の最前線にたいした武器(ここではその専門分野の第一人者や多くの上司や仲間等)もなく戦い続けることで得られる経験や知識はとんでもなく大きな資産になるということ。たった1冊の本を読んだだけでも伝わってくる著者の経験した激務っぷりや苦労、それとともに手にした達成感や喜びが否応なしに感じられます。
IRの目的は株を買ってもらうこと
著者はIRの日々の目標を
「株を買ってもらうこと」
としています。
またKGI(Key Goal Indicator)を
「適正な評価に基づいた株価の持続的な向上」
KPI(Key Performance Indicator)を
IRミーティング件数、株主数、投資家からの評価
とされているとのことでした。
我々会計士の多くは、会社の財務諸表の監査や、財務諸表を作成する側で仕事をする人が多いと思いますが、IRではその財務諸表等を分析し、あるいは、定性情報等を追加して投資家へ説明するわけですね。こういった分野でも会計士の知識や経験はかなり活かせるものだと思うので、この書籍をきっかけにIRで働く会計士が増えていくかもしれません。少なとくても会計士が読んだら非常に興味がそそられるはず。
企業にとっての株価
投資家にとって株価は値上がり分の利益を獲得するために非常に重要な指標ですが、企業にとって株価はどのような意味をもっているでしょうか?
それは企業が追加で資金調達をする時にどれだけ効率よく行えるか、という点が最も大きいと思います。
例外はありますが、一般的に企業は新規上場するタイミングで大量の株式を発行しそれを市場に流通させることで資金を調達します。その後、会社の業績等によって上下していきます。そして、例えば新規事業を始めたい、借入金の返済に充てたい、会社を買収したい、といった資金需要が発生した時に追加で株式を発行し資金調達をしようと考えます。
この時、企業はできる限り少ない株式で多額の資金を集めたいと考えます。なぜなら、株式の発行数は既存の株主の保有割合に影響を与えるためです。ご存知のとおり、会社の支配権を維持するためには50%以上保有していなければならないので、大量に株式を発行してしまうと株式の希薄化によって支配権が維持できなくなる可能性が生じてしまいます。なのでいつでも好きなだけ株式発行で資金調達できるわけでもないんですね。
そこで、少ない株式で多額の資金を集めるために株価はできるだけ高いほうがお得なわけです。
以下の図で説明すると、株価が1,000円の時に100万円を資金調達したい場合、1,000株を発行する必要があります。
一方株価が2倍の2,000円の時であれば追加で発行する株式は500株で足ります。このように株価は高ければ高いほど追加で発行する株式は少なく済むので、上記で説明した希薄化は最小限で済むようになります。
と、説明してきましたが、株価や資金調達にはこういったカラクリがあるため、IRの役割というのは思いのほか大事なわけです。
実際、本著では
「資本コストを意識したことがない」という企業は、調査に協力した約600社のうち六割にのぼりました。さらに、ROEとPBRの工程で四分類に企業を分類し、ROEとPBRの両方が低い企業群においては、その比率は九割に達し、分析の裏付けとなりました。
とあります。これがどういうことかわかりやすく言えば、株価が必要以上に低く評価されてしまっているということです。日本の企業の多くはIRに力を入れていないということですが、それが株価にダイレクトに表れてしまっているわけですから、IRがどれだけ重要なものかわかるかと思います。
最後に
IRの専門家と言える方が日本にはまだまだ少ないのが現状のようです。しかし、今後IT業界を筆頭に大型の投資を行うための資金調達を行う必要に迫れる会社が多くあるかと思います。その時にIRの果たす役割というのはことのほか大きいものであることが今回わかりました。今後ますますそういった役割を担う人材のニーズは高まるでしょう。
AIが仕事を奪うなんて言われていますが、この仕事はおそらく当面需要がある気がします。何か1つ極めてみたいという人にはチャンスかもしれません。
※なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であり、いずれの団体等の見解を代表するものではありません。