人手不足倒産
最近、日経にこんな記事が出ていました。
以下のような事例を引き合いに「人手不足倒産」の増加を訴える記事となっていました。
人手不足を原因とする倒産が高水準で推移している。2019年1~7月に累計200件を超え、通年では過去最高だった18年を上回る可能性がある。有効求人倍率が約45年ぶりの水準で推移する中、介護など労働集約型のサービス業などの中小企業が人手を確保できない。従業員の退職もあり廃業に追い込まれている。10月以降は各地で最低賃金の引き上げが予定され、経営の重荷になりそうだ。
特別養護老人ホームなど運営の社会福祉法人友愛会(福岡県行橋市)は人件費を吸収できず債務超過に転落した。水道代の滞納や給与遅配などで従業員が相次ぎ離職したため営業が困難になり、6月に福岡地裁行橋支部から破産開始決定を受けた。
が、個人的に「人手不足倒産」という表現でひとくくりにすることはあまり良くないように思っています。なぜなら、ひとくくりにされているその「人手不足倒産」も、突き詰めるとそれぞれ倒産の要因は異なるためです。そしてそれぞれの要因を見ると、人手不足という表現が適切なのかどうか、問題の本質を見誤まらせてしまうのではないか、という危惧があるためです。
上記の日経の記事でも触れていますが、東京商工リサーチのホームページを見ると下記の図があります。
上記4つの要因、「後継者難」「求人難」「従業員退職」「人件費高騰」のうち、個人的に人手不足倒産という表現がもっともしっくりくるのは「求人難」でしょうか。それでも完全に腑に落ちる感じはしません。1つ1つ見ていきましょう。
後継者難
最近中小、零細企業でもM&Aを行いたい企業が増えていますが、それがまさに「後継者難」によるものです。中小零細企業の社長が高齢化によって引退の時期を迎えるも、跡取りとして迎えられる人材がいない、ということがその本質でしょう。
しかし、そもそも後継者としての人材を確保することなど一朝一夕でできるものではありません。ある程度の時間をかけて人材を採用するか育成するかしかありません。がそれを行ってこなかった、あるいは、行ってきたがうまくいかなかった、かのどちらかであると思われます。また、単純に会社は潤っているが後継者がいないので会社をたたむ(清算する)、という選択肢もあると思いますが、後継者難によって倒産する会社はそこまでの体力はないわけですから、単純に業績悪化によって後継する者が現れない、という可能性もあります。
求人難
IT・通信関連の求人倍率が9倍を超えたなんていうニュースが先日ありましたが、上記の求人難による倒産の多くは地方の製造業やサービス業などではないでしょうか?
2019年7月の「doda 転職求人倍率レポート」発表、技術系(IT・通信)求人がとうとう9倍を突破―パーソルキャリア
日本の人口は減っているにもかかわらず、東京や神奈川、埼玉、千葉の人口は増加傾向が止まりません。
当然人口が減っていく地方では、首都圏の人口に反比例して労働力は減っていくわけですから、求人難となるのもうなずけます。若者を中心に活気のある関東圏に移住し、かつ、報酬も多く得やすい環境があれば、その流れは容易には止められないでしょう。
安倍政権では地方創生がうたわれていますが(いましたが)、人口の変遷を見る限りこれといった成果はあがっていません。
個人的に人手不足倒産という表現がもっともしっくりくるのは「求人難」である、と上述したのは、このあたりの影響が強くあるためであります。
ただし、すべての求人難による倒産の要因をそこに求めてしまうのも危険です。地方の企業であってもうまくいっている会社も数多くありますから、今後ますあす求人難を打破するための施策をしっかり考案し、工夫していかなればならないでしょう。
また単純に人件費の高騰をカバーできずに求人がうまくいかない可能性もあります。人件費高騰は後述する4つ目の要因としてありますが、そもそも求人難と人件費高騰は表裏一体の側面もあるので、一概に切り離して考えられるものでもありません。
従業員退職
従業員の退職による人手不足は主に2つ考えられます。
1つは高齢化によるもの。何年も前から問題になっていたはずですが、もう日本の少子高齢化は絶対に止まりません。定年退職を迎えて引退していく従業員が多くなればなるほど人手不足になるのもうなずけます。
これまで人が足りていたために、若者を採用してこなかったのか、採用してきたが離職が多かったのか、どちからのパターンが主な要因として考えられます。過ぎてしまったことを考えても仕方がありませんが、経営者5年10年先のことまで考え、同じ轍を踏まないように前例から学びたいところです。
もう1つは、他の魅力的な仕事や高給な仕事への転職による人手不足です。10年前と比べると比較にならないほど転職へのハードルは下がりました。特に人手不足が叫ばれるようになり、優秀な人材であれば転職市場では引く手あまたな状態です。そういった人材を確保しておくためには、やりがいのある業務や適切な労働環境、十分な報酬が必要であると考えられます。
数年前まではいかに安く効率的に従業員を働かせるか、という点を重視している企業が多かったように思いますが、確実に社会や環境はかわってきており、多くの企業が優秀な人材を確保し長く働いてもらうための工夫をこらすようになってきています。特に最近のIT企業やベンチャーではそれが顕著で、見習うべき点が数多くあります。
東京の企業だからできるんでしょ、とか、資本が多くある会社だからできるんでしょ、と思われる方もいるかもしれませんが、今後の資本競争を勝ち抜いていくためには絶対に避けて通れない道になります。着手するのは早ければ早いほど良いでしょう。
人件費高騰
先日、日経にこんな記事がありました。東京、神奈川では最低賃金がいよいよ1,000円を超えました。私が高校生だった15~20年くらい前、時給800円の仕事もあった時代から考えるとものすごく人件費は高騰しています。その分日本の経済が良くなっていれば問題ありませんが、人件費の高騰をカバーできるほどの好景気とはいいがたい現状があります。
「人手不足倒産」と言いますが、結局のところ、人件費の高騰をカバーできない企業が圧倒的に増えていることが一番の要因ではないか、と考えられる節もあります。
一方で日本は労働生産性が低いことでも有名です。要は今より少ない人数・時間で効率的に仕事ができるようになれば労働生産性は上昇し、かつ、人件費高騰にも対応できるようになるのですが、昨今の「働き方改革」でそれを実現できている企業はそう多くないのが現状です。日本の長時間労働や非効率な業務は「文化」として刷り込まれ、もはや遺伝子レベルで体にしみこんでしまっているのではないかとさえ思うのですが、これを解決しないことにはこの先の日本の経済は浮上していかないと思います。
クリックしてintl_comparison_2018_press.pdfにアクセス
公益財団法人 日本生産性本部
amazonで「労働生産性」で検索すると山のように書籍が出てきます。学び、実践する以外にありません。
最後に
と、ここまで見てきてわかるように、一口に「人手不足倒産」と言っても理由は色々考えられるわけです。細かく見ていけば、人手不足うんぬんよりも単純に日本の経済が落ち込んでいるだけ、という結論に行き着く可能性すらあります。
日本の経済自体に問題が生じているかもしれないが、それを政府主導でそう思わせないようにするために「人手不足倒産」という隠れ蓑を巧みに利用しているだけかもしれません。
消費増税も控えるこのタイミングでは、日本の経済が落ち込んでいるなんていう世論が形成されたらまずいですからね、と考えるのは考えすぎでしょうか。
物事をシンプルにするために大きい枠組みを使って考えることは悪いことばかりではありませんが、時として問題を矮小化したり、論点をすり替えたりし、本質を見誤らせることがあることに注意しなければいけないと思います。
※なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であり、いずれの団体等の見解を代表するものではありません。