ニデックについての所感
ニデックの会計不正についての第三者委員会の調査報告書が公表されました。
全文をしっかり読むにはかなりのボリュームなので、相応の時間を要するかと思いますが、会計業務に関与されている方であれば報道等で多少なりとも内容については知られているところかと思われます。
ニデックについて
私としては案の定といいますか、過去の経緯からも推して知るべしといった内容であるように感じました。ただし、それはある程度想像していた程度に酷い内容であったという意味であり、やはり許されるレベルではないパワハラが横行していたのだなという印象です。
読んでいてかなり気の毒に感じる箇所もあり、ニデックという企業をここまで成長させた手腕は確かに非凡であるとは思いますが、経営者以前に人として尊敬に値する人物足り得たのかといえば、疑問符を付けざるを得ないと思います。
メディアに対しては特にここ数年は不遜な言動が目立ちましたし、極めつけはやはり分配可能額を超えた配当を実施した際の永守氏のコメントです。
「時には人間、ミスしますよ。過去にもそういうのはあったけど、全部、公認会計士が最後見つけるわけですよ。(公認会計士が)全然見つけないで、社内の人間が見つけたんですよ」
「(分配可能額規制について)全然知らなかったと言って謝っているでしょ。公認会計士が最後は見ていてくれる。そのために公認会計士に莫大な金を払っているわけですよ。それを社内の取締役が全部知ってないかんということはありえない」
報道によると上記のようなコメントを残しており、反省よりも怒りや恨みが垣間見えます。
果たして上場企業のトップがこのような態度であったことが健全であったかどうか、今回の不祥事を考えれば明らかではないでしょうか。
永守氏は株価を上げることに異常に腐心している印象でしたが、株式市場で結果を出すこと、ひいては資本主義の中で成果を出していくには、やはり健全な態度でこの制度に向き合って事業を進めていくことが重要であるということを、今回の一連の出来事が物語っているように思います。
きれいごとのようにも聞こえるかもしれませんが、企業風土やパーパスは組織が大きくなるほど重要であり、一朝一夕には動かしがたいものであるからこそ、経営者は襟を正して事業を推進していくことが必要なのではないでしょうか。
監査制度について
一方、監査の責任も当然に追及されるべき事案であるとも思います。
ただし、これはPwC京都の責だけを追求してもあまり意味がないようにも思います。
今でこそPwC京都はPwCあらたと合併し、PwC Japanとして相応の規模になりましたが、当時のPwC京都は従業員が500人にも満たない規模で、KDDI,ニデック,京セラ,ジェイテクト,任天堂などの巨大クライアントを有しており、こういった企業への報酬依存度は相当に高いものがありました。
これに前後して特定クライアントの報酬総額の占める割合が総収入の15%を超える場合、監査人を辞任することが義務付けられる等の制度変更がありましたが、いずれにせよ、当時のPwC京都はその法人規模に対して巨大クライアントを有しすぎており、こういった企業への監査に対する姿勢は相当に腰が低くなっていた可能性が高いです。
それは実際、今回の報告書内の記載にもある通り「くみしやすい相手」と認識されており、それはおそらくニデックに限ったものではなかったのではないでしょうか。
現在の監査制度は監査先から報酬を受け取る、という、普通に考えればいびつな形式を前提として成り立っており、経営層の責任が厳しく追及・監督されるアメリカや欧州市場では成立するのかもしれません(とはいえそのいびつさは同じである)が、日本ではよりその成立が困難であるようにも思います。
事実、今回の一件はまだ今後どうなるかわからないにしても、永守氏は自主的にニデックの経営から手を引きましたが、それ以上の責任は現状追及されていない状況です。
法制度を前提とした厳罰が、このまま今後もなされないようであれば、金商法及び会計制度の欠陥として歴史に刻まれるのでないでしょうか。
今後もどのような推移をたどるのか目が離せません。
※なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であり、いずれの団体等の見解を代表するものではありません。






